前回に続き、7月17日から3日間行われた弊会主催の「日台アジア会議」の一部講演の模様を紹介。18日午後行われた李登輝元総統による講演内容の第二部を転載する。
山本善心の週刊木曜コラム
〈339号〉20110804 を転載
日台アジア会議 李登輝氏講演(後編)
時局心話會代表 山本 善心
台湾は海峡を挟んで中国と向き合っていますが、それでも台湾の国名を正しくする「台湾正名」運動、「国民投票による憲法制定」、「新国家建設の主張」などをあえて唱える活力を有しています。これらは台湾精神から来ているのです。台湾人は、質実剛健・実践能力・勇敢・挑戦的天性の気質に加えて、日本統治時代に養われた法を守る、責任を負う、仕事を忠実に行うなどの精神を備えています。これが即ち台湾人の長所であり、窮すれば窮するほど強くなり、権威統治のもとでも、台湾人としての主体意識を確立することのできる最高の精神なのです。
六、日本が台湾新国家建設の動力を理解してこそ、両国の未来関係が構築できる
日本の若い世代は安定した社会で育ちました。外敵はなく、内乱もありません。生活は豊かで保障されています。その反面、危機意識がなく、改革意識も失われているようです。中国に対しては何も言えず、不公平や不義に対して、胸を張って正すことができないようです。昔の日本人が持っていた公に尽くし、責任を負い、忠誠を尽くして職を守る日本精神はどこへ消えてしまったのでしょうか。これは日本の社会の最大危機です。
台湾はこの百年、日本統治時代と国民党時代の歴史を経てきたわけですが、この間、台湾人の主張は圧迫され続け、一度として台湾人が主人公となったことはありません。しかし、台湾人が長期にわたって奮闘、犠牲を払った結果、1990年以降、台湾は台湾の主体性観念を持つことが社会の主流となりました。日本の方には、この勢力が台湾の社会を変える力であることを認識していただきたいと思います。
両国間の将来は台湾と日本の平等互恵関係の上に成り立ちます。台湾を中国の一部と見てはなりません。日本と台湾は生命共同体なのです。即ち、台湾なくして、日本はありえないのと同じく、台湾も日本なくしては存在しえないことを、じっくりと考えていただきたいのです。
最後に台湾と日本の両国の国民が、この百年来の台湾の歴史の発展をよく理解し、相互理解の上に立って、両国が新時代の未来関係に邁進することを心より願いつつ、本日の私の話を終わりたいと思います。
七、当「木曜コラム」の台湾関連事項を指摘
李登輝氏は講演の最後に、当コラム274、275号「苦境を打破し、未来を展望―台湾は如何にして世界の変化に対応すべきか」、271号「露呈した台湾吸収のシナリオ」、291号「日台は生命共同体」の台湾関連の項をとくにお勧めしたい、と述べられた。「中国人とビジネスをして儲けている人はあまりいないが、こういう観念を持っていれば騙されなくて済む」と李氏が語ると場内は笑いの渦に包まれた。
その後の質疑応答でも活発なやりとりが行われた。以下、主なやりとりをご紹介する。
八、日台が協調すればアジア全体が変わる
質問者「日本は戦後、歴史問題に真剣に立ち向かってこなかった。日台間に国交がないという現実のなかで、今後日台がどのようにしていったらよいか」
李氏「日本と台湾が国交を再開できるようになれば大きな時代の転換期になるでしょう。そうなればアジア全体の状況が変わります。ただし、おそらくそう簡単にはいかないだろうと思うのですが。
中国経済の問題もあります。これまで安くて過剰な労働力を武器に他国の技術を取り込んできました。しかし、いまや中国では賃金が上がり、物価が上がり、経済発展も8%を維持できなくなってきています。さらにこれだけの軍事力を作り上げてきました。そろそろ中国大陸は包囲される時期に来ていると思います。南沙諸島、東シナ海は終始問題が起こる場所となり、これだけの大事な時期に、陸海空、ミサイルなどを指揮できる指導者が中国にいるか疑わしいものです。アメリカの状況も変化しつつあり、西太平洋における主導権を誰が、どの国が握るかは問題になるでしょう。いま、大きな転換点に来ています。
日本はそうした中で、今回の大震災によって国土の五分の一が壊滅的な打撃を受けるという未曾有の被害を受けました。これから日本は本当にがんばらないといけないが、あまりにリーダーが弱すぎると思います。
九、新しい政治形態で日本はアジアのリーダーになれる
しかし、新しい政府を創り上げる、新しい政治形態を創っていくことができるならば、日本はもう一度アジアのリーダーとして立っていけると思います。
台湾は日本の生命線であり、日本は台湾の生命線です。どちらもなければならないのです。
質問者「中国国内では民衆の不満が高まっている。また経済が下向きになっている状態で、雇用やインフレの問題など内部に様々な問題を抱えている。いまは民衆の不満を政府が力で抑えている状況だが、いつまで力で抑え続けることができるのか。また、これまでのように軍事拡大を続けられるのか。いつまで強い中国は存続できるのだろうか」
李氏「GDPは8%を下がり始めたらもうだめでしょう。中国の借金が上がりすぎて、海岸地帯の工場を奥地に置かなければいけないようになります。奥地の労働力に余剰があるのか。仮に余剰があっても交通費の問題は大きい。中国の胡錦濤は、区域的な所得の分配を平等にしたいという考えを持っているようですが、実現は難しいと思います。
これまで中国のバブルが起こってきましたが、銀行の不良債権がどういう状況にあるのかいまひとつはっきりしていません。また、外貨がたくさんあっても、どのような形で所有されているかもはっきりしていないのです。これまで台湾は中国大陸における投資国の1位か2位にいましたが、いまでは10数番目にまで落ち込んでいます。これは、中国で汚職を行った人間が外貨を海外に持ち出してマネーロンダリングして投資を行っていることが背景にあり、香港でも同様の投資が増えています。
これについては木曜コラム335号での『固められつつある中国包囲網』が大いに参考になりますが、状態は非常に悪い。そのとき日本は立ち上がらないといけないのです。この地震で日本は国民一丸となって復興に向かって努力していかなくてはならない。惜しむらくはリーダーシップのある政治家がなかなか出てこないことです。それでも日本はこの状態でなんとかしていかないといけないんです。
かつては、こういうときには天皇陛下の意向によって総理を変えるとかやると政局が変わったものですが、いまの憲法では天皇は何もできません。しかし、今回の震災で、天皇、皇后両陛下が様々な被災地を訪問されたことは、総理が被災地を視察したことよりも有効であったという事実は歪められない。このあたりに日本人の天皇への信心の強さが現れていますね」
十、李氏を尊敬する菅首相に苦言
なお、李登輝元総統は菅直人首相と一度お会いしたことがあるのですか、と質問した。菅首相は「李登輝氏を尊敬する人物」としているが、李元総統はグループでの対面であったため、直接言葉を交わしたことはないという。
李元総統の菅首相への評価は、「市民運動家と称しつつもおざなりなヘリコプター視察で、『人民の苦しみがわからぬリーダー』という印象であったと述べられた。
「日本人よ、平成維新を起こして日本精神を呼び覚ませ!」
最後に、李登輝元総統は、我々日本人に対し、「日本人の大きな特徴は、言ったことは必ず実行する実践能力です。これが私のいう武士道の考え方。
いまの人はおかしいと思うかもしれないが、これが日本文化の日本精神であり、ほかの国にはないものです」と熱いメッセージを送ってくださった。「日本人の生活は自然との調和がよくできています。花を生ける、茶道、弓道、剣道…すべて道になる。これが日本人の大きな特徴です」と。「今回大震災という大きな災害に見舞われても、日本人は苦しいことも我慢して耐え抜く。他の国では略奪や暴動が起きる。とてもできないことでしょう。日本人の持つマナー、態度は世界一。これが日本文化です」
この日本文化をなんとか生かさないといけない。戦後、左翼的な考えが増えてきたが、左翼はものとものの考え方ばかりで、肝心要な日本人の精神、心という考え方が抜け落ちています。見えないものでも信じられる―これが日本人だ。日本も平成維新を起こして新しい日本、日本精神をつくる必要があります」
今回の訪台のメインは李登輝元総統との生々しい対面であった。李元総統は白い涼しそうな民族衣装で私達と気軽に接してくださった。総統任期中まず台湾の民主化を実現されて21年になる。今では台湾の民主化が日本と台湾の安全保障の防波堤になっている。日台の平和と安全の基礎が李元総統の功績であり、我々日本人は未来永劫感謝し続けていくことになろう。
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